花蓮日本統治時代の跡巡り(1)松園別館と防空壕・将軍府にカラフル介壽眷村を回って来ました!

日本統治時代の建造物

花蓮の連合豊年祭に合わせて、花蓮に行って来ました!そして日本統治時代の建物や所縁の地を可能な限り回って来ましたが、全然回りきれなかった!(泣)またすぐ花蓮に行きます〜!

お知らせ

有名な松園別館

花蓮でも観光地としてとても有名な「松園別館」。1942年に軍部の「兵事部オフィス」として建設。日本統治時代、高級将校用招待所となっていて、神風特攻隊が出陣する時もここで天皇から賜った「御前酒」を振舞われたという言い伝えもあるそう。

 

敷地内に防空壕が有りました。中にも入れました!

たくさんの特攻隊員の写真等が展示されていると共に、マネキンもいました…!ピースをしているマネキンの胸にハートで「世界和平」って書いてあるところが、ここは台湾なんだなと再認識することが出来ます。

松園別館からの景色はこのように、開けています。大戦中は、河口部を直接見渡せる高台から、花蓮港や太平洋を一望することが出来、南濱海上の船舶や空港の離発着等を掌握できることから、日本軍にとってとても重要な軍事指揮センターだったそう。

将軍府

松園別館から歩いて5分程度のところに、将軍府と言われている日本家屋群が残存して残っている場所があります。ここはかつて日本統治時代に花蓮港陸軍兵事部部長の宿舎として使われていたそう。

現在でも日本の歌謡曲が流れ、いくつかの家屋は中を見学することも可能でした。将軍府の中では、着物着付け体験等が出来るそう。その隣には、中村大佐宅↓

かなり痛んでいますが、中へ入る事も出来ました。

日本統治時代の花蓮の街並みを再現したジオラマや、当時についてのまとめられた展示と1951年の花蓮大地震についても記載されていました。

周辺にも数多くの日本家屋が残っています。しかしかなり痛みは進んでいます。

介壽眷村

台湾各地にある、眷村。眷村とは、戦後に台湾へ移住して来た外省人の方々が住んでいた地域のことを指す。多くの外省人は、戦後に引き上げた日本人が住んでいた家屋をそのまま使用し居住した。そのため、日本家屋をさらに外省人たちが住みやすいように改造した家屋が現在も残っている場所が多くあります。この介壽眷村もその1つです。

こんな形でかなり長い壁面のカラフルな絵があります。日本で言えばインスタ映えスポットかな笑。

カラフルな壁の奥には、日本家屋が残っています。何軒かは現在も使用されていますが、廃墟になっている家屋も少なくありませんでした。そして、解放されている家屋は確認できませんでした。かなりひっそりとしていて、カラフルなのに物悲しさを感じました。

花蓮港周辺

日本統治時代に栄えていた花蓮港周辺に行って来ました。

現在では、海岸線沿いに歩道が整備されていて、とっても素敵な景観でした。

まる子
まる子

花蓮は本当に素敵。

花蓮でたまたまゲストハウスで仲良くなった香港人に連れて行ってもらったカフェの店主が日本統治時代にとっても興味のある方でたくさんのスポットを教えて頂きました。そのカフェに置いてあった地図が素晴らしかったのです!

花蓮港市観光図 →花蓮市は日本統治時代は花蓮港市でした。この地図は日本統治時代・光復初期そして現代の花蓮市街を示しており、昔の花蓮と旧鉄道をこの地図を持って歩いて下さい。

と書かれており、台湾の人たちが現在は存在していない武徳殿等まで現在地を記載している地図を発行してくださっています。ご興味のある方はお手に取られることを強くお勧めします!

明日は日本統治時代から続く慶修院や碁盤の目状をしていることが分かる高台からのレポートをお伝えします!

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